森と綾町
The Forest and Aya Town
森と綾町
The Forest and Aya Town
─ 森は、材料ではない。 ─
綾町の森を見上げると、光の粒がゆっくりと揺れている。
熊須碁盤店にとって、森は仕事の始まりであり、静かな師でもある。
木の命を預かるということは、森と時間を分け合うこと。
その想いが、この町の風とともに息づいている。
森は、ただの「材料」ではない。
木に刃を入れる前に、職人は木の声を聴き、
流れる年輪の中に記憶を読み取る。
伐る・削る・乾かすという行為の向こう側にあるのは、
森と人がゆっくりと対話を続けてきた長い時間だ。
熊須碁盤店の仕事は、木と語り合いながら進む。
それは、素材を扱うというよりも、
森とともに「生き方」を編んでいくことに近い。

森と人のあいだにある時間
熊須碁盤店の仕事は、
一本の榧(かや)を受け取ってから碁盤になるまで、
何十年もの時間をかけて進んでいく。
「地域協働」という枠を超えて、
木と職人、自然と手仕事が響き合う。
そこには、人が森に寄り添いながら生きる知恵がある。

─ 森が育てた木を受け取る ─
榧は数百年かけて育つ。
伐採や搬出を担う林業者の手を経て、
職人はその木を受け取る。
年輪や木目を読みながら、
どのように生かすかを静かに考える。
「木を手にする瞬間は、森からの贈り物を開くような気持ちです。」
木の中に刻まれた時間を尊びながら、
次の世代へ命をつなぐ。
それが、熊須碁盤店の最初の仕事です。

─ 木の時間に合わせて乾かす ─
榧材は伐ってすぐには使えない。
自然乾燥で五年、十年と待ちながら、
木が自らの水分を抜くのを見守る。
焦らず、急がず、木の呼吸に寄り添う。
「焦らず、木の都合を待つ。
それも職人の仕事です。」
乾くまでの時間も、森の一部。
職人の忍耐と森の循環が、静かに交差している。

─ 碁盤として命を受け継ぐ ─
十分に乾いた榧は、職人の手で一枚の盤へと仕立てられる。
木が育てた時間と、職人の時間が重なり合い、
ひとつの「呼吸」として生まれ変わる。
「森が育てた時間に、人の時間を重ねていく。それが碁盤になるということです。」
碁盤の面に手を添えたとき、
そこには森の静けさと、人の祈りが同時に宿っている。

─ 森をつなぐ人々 ─
森と人のあいだには、たくさんの手がある。
伐採職人、木材業者、地域の人々──
誰もが森の命を受け継ぎ、未来へ渡している。
熊須家もまた、木を扱う職人であると同時に、
森を守る仲間の一人だ。
榧を運ぶ人、乾かす人、仕立てる人。
それぞれの手の中に、森への感謝が息づいている。
「木をつなぐのは、手と心。私たちの仕事は、
森に感謝を返すことでもあります。」
この土地に吹く風のように、
人と森の関係は、静かに、確かに続いていく。

─ 綾の森から、未来へ。 ─
綾町の照葉樹林は、日本有数の生命の森。
木々は長い年月をかけて大地に根を張り、
その間、人々は植樹や保全の活動を続けてきた。
熊須碁盤店のものづくりも、
「森に返す」ことを目的とした循環のひとつである。
木を使うことは、森とともに生きること。
伐った分だけを植え、次の世代に森を手渡す。
「一本の木が、再び森に帰る日まで。
その時間を、私たちはともに生きています。」
木の香りは、未来への祈り。
森と人との関係が、この町の文化として生き続けていく。

