The Go Board and Japanese Culture – Between Sound and Silence

碁盤と日本文化 ― 音と沈黙のあいだにあるもの

Listening to Silence – The Japanese Sense of Beauty

音が語る日本の美意識

一手の音は、ただの響きではない。
人と木と時間が語り合う、沈黙のことば。

日本の工芸は、形だけでなく「静けさ」を磨く文化です。
碁盤の打音や、駒を置く微かな気配――
それらは単なる音ではなく、
木と人が呼吸を合わせるための“挨拶”のようなもの。

日本人は、音の消えたあとの静寂に美を見いだしてきました。
碁盤の上に生まれる間(ま)、沈黙、そして余韻。
それは、自然と人が調和して生きるための感性そのものです。

Leg carving

The Board as a Space for Harmony and Thought

碁盤の歴史 ― 思索と調和の盤

奈良時代、すでに日本には碁を打つ文化が根づいていました。

正倉院に伝わる「木画紫檀棊局(もくがしたんききょく)」は、
現存する最古級の碁盤とされ、宮廷の知的遊戯・教養の象徴でもあります。

『日本書紀』(天武天皇14年・685年)には、

「博士に命じて碁・双六を教えしむ」とあり、
碁が王朝文化の中で「礼節と秩序を学ぶ遊戯」として扱われていたことがわかります。

碁は、盤上で陣を布き、秩序を築く――

「思索」と「調和」を象徴する場でした。

やがてこの思想は、「書」「茶」「香」などと同じく、
“心を磨く道” – 「棋道」としての文化へと発展していきます。

盤上の小宇宙に、秩序を学び、調和を探す。
静けさの中にこそ、真の対話がある。

出典:宮内庁 木画紫檀碁局
(もくがしたんのききょく)

The Stage of Thought

将棋盤 ― 思考の舞台

将棋は、庶民の暮らしの中で発展してきました。

碁盤が“調和”を象徴するなら、
将棋盤は“意思”と“思考”を象徴する道具です。

駒を置くたびに生まれるわずかな音。

それは、思考のリズムであり、
静けさの中に燃える集中の証。

碁も将棋も、木と人が共鳴する舞台。
一手に込められた呼吸が、文化の深さを語ります。

The Sacred Wood – KAYA

木と祈り ― 榧という素材

千年を生きる木、榧。
森の中で静かに年輪を重ね、
伐られたあともなお、人の手の中で呼吸を続ける。

榧(かや)は日本固有の針葉樹で、
その寿命は千年を超えると言われます。

緻密な木目と香りの高さから、古来より神聖な木とされ、
社寺建築や仏像、儀式具にも用いられてきました。

熊須碁盤店が扱う日向本榧は、
森の静けさと時間を宿した木。
香りや艶の中に森の記憶を聴き取ります。


The Philosophy of Sound

打音の哲学 ― 無音の中の響き

棋士が盤に石を打つとき、
その音がどう響くかは、感性の領域にあります。

厚み、脚の構造、乾燥の時間。

そのすべてが、木の中に
どのような“応え”を残すかを想像しながら、
盤の形を整えていきます。

良い盤の音とは、
何かを主張するものではありません。

打ち手の集中を妨げず、
音が消えたあとの静けさまで含めて、
一手を静かに支えること。

無音に近い静寂の中で、音が最も美しくなるのです。

駒台のイメージ

Inheritance – The Tools That Live Through Time

継承 ― 時間とともに生きる道具

碁盤も将棋盤も、百年を超えて使われ続ける道具です。

削り、磨き、また使う。
その繰り返しの中に、人と木の関係が深まっていく。

熊須碁盤店の仕事は、単なる製作ではなく、
時間をつくる仕事です。

一枚の木に宿る森の記憶を、
未来へ静かに手渡していく。

木を削り、磨き、また使う。
その繰り返しが、文化になる。


Dialogue Between Forest and Humanity

森と人の対話

碁盤をつくることは、
森と人との対話をつづけること。

熊須碁盤店の仕事は、
木と生き、静けさをつくること。

森の呼吸を聴き取り、
その音を人の暮らしへと返す。

木は伐られてもなお、生きている。
人の手が触れるたび、再び呼吸を始める。

その循環の中に、
日本の工芸が育んできた時間があります。

森が語り、人が聴く。
その対話の続くかぎり、木の命は終わらない。