
─ The Craft of Harmony – Creating the Sound of Go Boards ─
碁盤のこと ― 響きをつくる仕事
─ The Art You Hear in Silence ─
音で見る工芸 ― 静けさを刻む手仕事
一手を打ったとき、碁盤はわずかな音で応えます。
その音は、強く主張するものではありません。
けれど、澄んでいて、濁りがなく、空気の中にすっと立ち上がります。
森で育った木が、職人の手を経て盤となり、静けさの中で音を持つ。
鉋の音、漆の匂い、手の温度。
制作の過程で交わされるすべてが、やがて一手の音として現れます。
熊須碁盤店の仕事は、音を加えることではありません。木が持っている性質を読み取り、その響きが自然に立ち上がる形を整えること。
碁盤づくりとは、長い時間を生きてきた木の静けさを、音として受け取れる形にする仕事です。

─ The KAYA Tree – The Source of Sound ─
榧と音の関係
碁盤の音は、あとから加えられるものではありません。
使われる木の性質、乾燥の度合い、厚みや形。
そのすべてが重なった結果として、一手の音が立ち上がります。
榧(かや)は、音を受け止めるための素材です。
年輪が緻密で、ほどよい弾力をもつ榧は、碁石の衝撃を吸収しながら、
濁りのない余韻を残します。
硬すぎれば音は跳ね返り、柔らかすぎれば沈みすぎる。
榧は、その中間にあります。
盤の響きは、
木の密度、
乾燥の時間、
脚の構造―
一つひとつの要素が噛み合って生まれるもの。
職人は、どれか一つで音を作ろうとはしません。
木の状態を読み、工程を積み重ねる。
その結果として、盤は一枚ごとに異なる音を持ちます。
木の性質を知り、音が立ち上がる形を整える。
榧は、音を主張しないからこそ、打ち手の一手をまっすぐに受け止める素材です。

─ The Blade That Draws Sound─
太刀盛り ― 線を刻む
「「太刀盛り(たちもり)」は、
碁盤づくりの工程の中でも、もっとも緊張を伴う作業です。
日本刀の刃先に漆を含ませ、盤の表面に一筋の線を引く。
やり直しはできません。
わずかな力の揺れや、刃の角度の違いが、
盤全体の印象を左右します。
職人・熊須健司は言います。
「逃げ場のない作業です。」
線を引くその瞬間、職人は呼吸を整え、
刃先と木の動きだけに意識を集中させます。
太刀盛りを終えた盤は、ここで初めて
「碁盤としての表情」を持ちます。
一本の線が、盤の静けさと緊張を決める。
太刀盛りは、音を支えるための最初の決断です。

─ The Silent Shape Beneath the Board ─
脚のかたち ― クチナシの実の意味
碁盤の脚は、
盤を持ち上げるためだけのものではありません。
盤の下に生まれる空間は、
音が広がるための余白です。
脚の形と高さは、
その空間の性質を決めます。
熊須碁盤店の碁盤では、
脚に「クチナシの実」を模した形が用いられています。
その由来は、「勝負に口を出してはいけない」という戒め。
ただし、脚の役割は象徴だけではありません。
四本の脚を一つずつ彫り、厚みや丸みを揃え、
盤の重さを均等に受け止める。
その精度が、盤の安定と音の立ち上がりを支えます。
脚がわずかに違えば、盤の重心が変わり、
音の伸び方も変わる。
沈黙の中にある形が、一手の音を下から支える。
脚は、音を語らない構造です。

─ The Aesthetics of Sound ─
音を聴く ― 打音の美学
碁盤の音は、演出されるものではありません。
木の選び方、
乾燥の時間、
線と形の精度。
そのすべてを経たあとに、結果として現れるものです。
熟練の棋士は、碁石を打つ音で盤を選ぶと言います。
高すぎず、低すぎず、
力を込めても濁らない。
一手を打ったあと、
音がすっと消えていく。
それは、盤が余計な反発をせず、
石の動きをまっすぐ受け止めている証です。
榧の盤は、音を主張しません。
ただ、打ち手の力をそのまま返します。
強く打てば、深く響き、
そっと置けば、静かに応える。
盤の音は、
打ち手の癖や迷いまで映し出します。
だからこそ、音を聴くことは、
盤を選ぶためだけの行為ではありません。
一手に向き合うための、静かな判断材料なのです。

─ Family Craft – The Sound Carried Forward ─
家族の仕事 ― 継承される音
熊須碁盤店では、
三代にわたり榧の碁盤づくりを続けてきました。
時代や道具は変わっても、
木と向き合う姿勢は変わっていません。
それぞれの世代が、
その時代に合った形で仕事を受け継いでいます。

─ From Forest to Board – The Future of Sound ─
森から碁盤へ
ここまで、
碁盤づくりの工程や音についてお伝えしてきました。
それらはすべて、
一手に向き合うための下準備でもあります。
碁盤について、
もう少し全体を知りたくなったら、
「碁盤と将棋盤のこと」ページをご覧ください。
熊須碁盤店で取り扱っている
碁盤・将棋盤を見るなら、
「盤と道具の一覧」からご覧ください。

