碁盤と将棋盤のこと
響きと静寂の工芸
The Harmony and Silence of Go and Shogi Boards
碁盤と将棋盤
Go and Shogi Boards
─ 静けさの中に響く ― 木と人の物語 ─
森の奥で長い時を過ごした日向榧(ひゅうがかや)が、
いま、職人の手の中で新しい命を得る。
鉋の音が響き、木目が光を帯びる。
やがてその一枚は、碁盤や将棋盤として人の前に現れる。
一手を打つ音は、まるで心臓の鼓動のように空気を揺らす。
その静けさの中に、木と人とが紡いできた時間が息づく。

日向榧 ― 森が育てた奇跡の木
宮崎県・綾町。
照葉樹林が広がるこの森で、日向榧はゆっくりと成長する。
硬すぎず柔らかすぎず、香り高く、
艶やかな黄金色を帯びるその木は、
「槇は万年、榧限りなし」と称されるほどの
耐久性と美しさを備えています。
樹齢300年以上の巨木のうち、
碁盤に使える部分はほんのわずか。
木を伐る瞬間も、木取りの刃を入れるときも、
職人は“森から預かる”という気持ちで息を整えます。
伐った後も木は呼吸を続けます。
5年、10年と自然乾燥の時を重ね、
ようやく音を宿す準備が整う。
その静かな時間の積み重ねこそ、碁盤づくりの原点です。

─ 職人の手 ― 響きをつくる技 ─
熊須碁盤店では、三代にわたり榧と向き合ってきました。
初代、二代・熊須健一、三代・豊和――
代を重ねても変わらないのは、“ごまかしの利かない仕事”という信念。
漆と日本刀で線を引く「太刀盛り」は、息を止めて挑む緊張の作業。
一筋の線が、盤の表情と気品を決めます。
脚部を彫る「脚彫り」では、
クチナシの実を模した形を刻む。
それは「勝負に他人は口を出してはいけない」という意味を持つ、静かな戒めです。
鉋の音、漆の光、木の香り――
どれもが響きとなって、盤の中に息づいていきます。

─ 音の美学 ― 一手が語るもの ─
熟練の棋士は、
碁石を打つ音で盤の良し悪しを聴き分けるといいます。
厚み、脚の形、木目、乾燥の度合い――
そのすべてが「音」を決める要素。
熊須碁盤店の盤は、まるで楽器のように調律される。
打つたびに澄んだ響きが広がり、空間に静寂を描きます。
無音の中に音を聴く。
その文化を支えるのが、碁盤づくりという仕事です。
木と人、そして音が調和するその瞬間に、
工芸の本質が宿っています。

─ 受け継がれる心 ― 未来へ ─
「まだまだ上手になりたい。」
そう語るのは、二代目・熊須健一。
その言葉の通り、家族4人がそれぞれの形で仕事を受け継いでいます。
碁盤や将棋盤だけでなく、
台所に寄り添う“まな板”づくりも新たな挑戦。
生活の中に木の文化を根づかせるための、小さな一歩です。
工房では、100年、200年先も残る盤を――
そんな思いで日々制作しています。
海外展示や各種メディアでの取材を通じて、
その音と技は世界へと広がりつつあります。

─ 工房見学可能 ― 綾町から世界へ ─
熊須碁盤店の工房(宮崎県綾町南俣)は、見学が可能です。
囲碁・将棋愛好家はもちろん、
綾町は木工や工芸を学ぶ人、旅人にも開かれた静かな空間。
森で育った一本の木が、
人の手を経て世界をつなぐ。
碁盤は、その交わりの象徴です。
一枚の木が、世界をつなぐ。
響きの文化は、綾の森からはじまります。

